さかえ屋の歴史HISTORY
味を信じ、時代とともに歩んできた、
さかえ屋のこれまでと、これから。
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始まった物語
一人の職人から
さかえ屋の物語は、岩手県一関市に生まれた齋藤栄が、
高度経済成長期に東京の菓子製造会社へ就職したことから始まります。
現場で腕を磨き続け、やがて工場長を任されるまでになりましたが、
時代の流れの中で工場閉鎖という現実に直面します。
それでも人情深い社長から二つの釜と得意先を託され、
1983年、自宅前に小さな工場を構えました。
「やるなら、一番得意なもので勝負しよう」。
そうして選んだのがカステラでした。
こうして、さかえ屋の歴史が、たしかに動き始めました。 -

歩む老舗へ
味を信じ、時代とともに
カステラ一本。
「とにかく、おいしいものをつくる」。
その信念は創業当時から変わりません。原材料にこだわり、手を抜かず、
納得のいく味だけを届け続けた結果、
少しずつ地元の方に知られる存在になっていきました。
やがて経営は二代目・好正へと引き継がれ、
インターネット販売やテレビ放送をきっかけに、県外からも多くのお客様が訪れるようになります。
2005年には松戸工場と店舗を開設。
老舗でありながら、変化を恐れず、時代とともに歩む姿勢を大切にしてきました。 -

答え
試練の先に見えた
2011年、勢いに乗り、より多くのお客様にカステラを届けるべく、市川工場と松戸工場の2 工場を松飛台工場へ統合し、新工場へ移転していきます。
しかし、順風満帆にはいきませんでした。
本社工場と移転直後に起きた東日本大震災によって経営は大きな試練に直面します。2011年からの3年間は連続して業績不振へと陥ります。その渦中で入社した三代目・齋藤隼は、カステラづくりの現場に立ちながら数字と向き合い、経営の厳しさを実感しました。
「このままではいけない。変わらなければ」。
隼は、事業計画の見直しと営業強化に取り組み、2014年にV字回復を実現します。
この経験が、「ただ続く老舗ではなく、必要とされ続ける会社でありたい」という想いを、より強いものにしました。 -

未来をつくる存在へ
老舗から、
現在のさかえ屋は、カステラを通して、地域と社会に何ができるのかを
考え続けています。2025年に開業した東京カステラパークは、その想いをかたちにした場所です。ここは単なる観光施設ではなく、人が集い、学び、交流する地域の拠点。カステラづくり体験やレストランの誘致、食育を目的とした課外学習の受け入れ、地域の名産品の販売など、行政と連携しながら、まちのにぎわいを生み出す場を目指しています。地方創生まで視野に入れるのは、「必要とされる会社でありたい」という想いがあるからです。
どうすれば、もっと地域にとって意味のある存在になれるのか。
その問いを抱えながら、さかえ屋は挑戦を続けています。
